木村梨園

ナシ「豊華」(ゆたか)の黒星病・黒斑病複合抵抗性
(独)農業環境技術研究所 生物生態機能研究領域 専門員
石井 英夫
埼玉県久喜市 ナシ農家 木村 豊

  黒星病と黒斑病はわが国におけるナシの2大病害であるが、これらに複合抵抗性を持つ栽培品種はこれまで知られていなかった(表1)。栽培面積で1位と2位を占める「幸水」と「豊水」は黒斑病に抵抗性であるが、黒星病には罹りやすい。また、「南水」は圃場では黒星病に強いが、無防除では本病が発生するほか、黒斑病には罹病性であり、通常の薬剤防除が必要となる。
  黒星病や黒斑病の防除には殺菌剤が多く散布されるが、耐性菌の出現で薬剤の効果がしばしば低下する。黒星病ではベンゾイミダゾール系薬剤(商品名トップジンMやベンレート)のほか、最近ではステロール脱メチル化阻害剤(DMI剤、商品名アンビルやインダーなど)で耐性菌が問題となっている。さらに今年になって、黒星病が各地で多発する中、一部地域でストロビルリン系薬剤(QoI剤、商品名ストロビーやアミスターなど)の効果も疑われている。

表1 ナシ品種の黒斑病、黒星病に対する感受性
品種黒斑病黒星病
二十世紀
幸水
豊水
南水
S、罹病性; R、抵抗性;T、耐病性

1 黒星病抵抗性に関するこれまでの研究
  筆者の主な研究テーマは薬剤耐性菌であるが、これとは別に、以前よりナシ等の病害抵抗性に強い関心を持ち、研究を進めてきた。国内外で農薬に対する規制が強まり、新規薬剤の開発も今後ますます難しさを増す中、耐性菌がさらに深刻になると予想されることから、農薬に頼らない病害防除技術の開発が急がれるためである。
  筆者らはかつて、ニホンナシの在来品種「巾着」やチュウゴクナシの「紅梨」(ホンリー)、「蜜梨」(ミーリー)が黒星病に高度抵抗性を持つことを明らかにしていた(資料a)が、このうち「巾着」は交配親として、病害抵抗性育種に利用されている。
  314-32(「巾着」×「豊水」)× 「あきあかり」の組み合わせにより、(独)果樹研究所で育成された黒星病・黒斑病複合抵抗性の「ナシ筑波56号」は、系統適応性検定試験に供され、数年後には品種登録が期待されるという。

2 新品種「豊華」との出会い
  筆者の石井は、大変興味深い新聞記事を目にした(日本農業新聞2008年7月25日)。埼玉県久喜市の農家、木村豊が新しいナシ品種を育成し、「豊香」として登録出願したという(品種登録時に「豊華」と改名)。交配に「紅梨」と「新興」を使ったという記述から、筆者は即座にこの新品種が黒星病と黒斑病に複合抵抗性を持つのではないかと期待した。
  すでに述べたように「紅梨」は黒星病に抵抗性であり、その性質は罹病性に対して遺伝的に優性である(資料b)こと、また「紅梨」と「新興」はともに黒斑病に抵抗性である(資料c)ことが (独)果樹研究所によって報告されていたからである。そして、その期待は見事に的中した。

3 「豊華」の黒星病抵抗性
  まず、「豊華」の黒星病抵抗性について検討した。「豊華」と高度罹病性品種「幸水」の鉢植え苗木を用意し、これに黒星病菌を接種したところ、「幸水」は激しく発病したが、「豊華」には全く症状が見られず、黒星病に完璧な抵抗性を示した(表2、写真@、A)。

表2 ナシ新品種「豊華」の黒星病抵抗性(接種試験)
品種発病葉率(%)発病度
豊華00
幸水(対照)83.368.1

写真@ 黒星病菌を接種した豊華
(全く発病なし)
写真A 黒星病菌を接種した幸水
(激しく発病)

4 「豊華」の黒斑病抵抗性
  次に、「豊華」と「南水」の鉢植え苗木に黒斑病菌を接種した結果、これに高度罹病性である「南水」の葉には、黒色病斑が多数形成されてやがて枯死したが、「豊華」には全く症状が現われなかった(表3、写真B、C)。

表3 ナシ新品種「豊華」の黒斑病抵抗性(接種試験)
品種発病葉率(%)発病度
豊華00
南水(対照)98.244.3

写真B 黒斑病菌を接種した豊華
(全く発病なし)
写真C 黒斑病菌を接種した南水
(激しく発病)

  ナシ黒斑病菌は病原性の決定因子として、AK毒素と呼ばれる物質を産生するが、これを含む菌の培養ろ液を葉に滴下すると、「南水」には激しい壊死斑が見られたが、「豊華」には壊死斑は形成されなかった。
  以上のことから、「豊華」は黒星病と黒斑病に複合抵抗性を持つと判断されたので、これを学会等で発表した(資料d)。なお、埼玉県久喜市と佐賀県伊万里市の2つの一般栽培圃場(慣行防除)における観察でも、「豊華」にはこれまでのところ黒星病や黒斑病の自然発生は見られていない。

5 他の病害に対する「豊華」の抵抗性
  最近、炭疽病の発生がナシでも目立つようになっている。これには2種類の病原菌が知られているが、そのうちのメジャーな菌であるColletotrichum gloeosporioidesに対しては、「豊華」は抵抗性が強い(表4、資料e)。一方、マイナーな菌のC. acutatumに対してどうなのか、現在調べている。

表4 ナシ新品種「豊華」の炭疽病抵抗性(接種試験*)
品種発病葉率(%)
豊華0
幸水0
新高(対照)100
*Colletotrichum gloeosporioides 4菌株を接種した。

  「豊華」は自然発病と接種試験のいずれにおいても、赤星病には罹病性を示す。また、「豊華」の原木が既知のウイルスを保毒していないかどうか、農林水産省横浜植物防疫所に検定をお願いしている。

6 「豊華」の由来と特性
  「豊華」は平成21年3月に品種登録されたが、(独)果樹研究所で実施していただいたDNAマーカーを用いた鑑別により、「紅梨」ともう一方の親は「新興」ではなく「豊水」であったと思われる。また、「豊華」はチュウゴクナシとニホンナシの雑種であるので、アジア梨とでも呼ぶのがふさわしい。
  「豊華」の樹や果実の特性については、育成者の木村により、すでに本誌66巻、4号(2011)に紹介されているが、平均果重 690g前後の大果であるだけでなく、みずみずしさと高い糖度(平均14)を持つ優れた品種である。現在、6つの苗木業者と利用の許諾契約が結ばれ、カタログ等にも掲載されて、すでに販売が始まっている。

7 今後の展望
  「豊華」は黒星病と黒斑病、それにC. gloeosporioidesによる炭疽病の3病害に複合抵抗性を持ち、かつ商業栽培が可能な初めての品種である。病害抵抗性品種の普及に伴って菌に新たな病原性レースが出現し、抵抗性が打破されることがイネや野菜などのほか、リンゴでも知られている。筆者は、国内のナシ黒星病菌に3つのレースを見つけている(資料 f)が、それらのすべてに対して、「豊華」は抵抗性を示した。
  「豊華」の収穫時期は、栽培面積で3位の「新高」とほぼ同じである。そこで、「幸水」や「豊水」と同時期に収穫可能な、新たな品種の普及も夢見て、「豊華」を交配親として作出した数系統について、現在病害抵抗性検定を実施している。

謝辞
  (独)果樹研究所には「豊華」の苗木増殖や交配親の鑑別で、秋田県果樹試験場には炭疽病菌や赤星病菌の分譲でお世話になりました。関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。

Copyright © . 木村梨園, all rights reserved.