春一番が吹き、気温も20℃を超え、暖かさにつられて、日本ナシでは無いのですが、つぼみが見えて来ました。隣の「新高」は冬支度のままです。
日中気温が10℃に届かなくても、風さえ無ければ日増しに日差しが強くなって、暖かく感じられ、日焼けして顔が輝いて来ました。
これも、ナシ栽培者の特権と思うしかありません。お日様に向って毎日ヒマワリのような日々を、送れば当然ですよね、出かける時、少々冬の日焼けが気になります。
今日は「豊華」の整枝剪定を行いました。樹齢が増すと腋花芽の付きが多くなってきたようです。
2月12日に福岡から大牟田へ、西鉄電車で向かいました。
車窓から目に付いた大きなハープ橋(大牟田付近)。
大牟田までお迎えをいただき、荒尾市(熊本県)へ、ここはジャンボナシ(新高)でブランドで有名な産地になっています。
梨(果実)は時期的に拝見できませんでしたが、園地を見せていただき、お話を伺う事が出来ました。梨畑といわず、ナシ山と話していました、話どうり山ごと梨畑、スケールの違いを見せつけられるようです。
ここにも豊華の栽培がお願いして居ります、どんなナシになるのでしょうか?
お世話になった方々に、あつく御礼申し上げます。
2月11日に福岡から唐津に、赤い扉の電車に乗って、梨の里伊万里を訪ねました。
唐津までは車でお迎えありがとうございました。
私は初めての伊万里で在ります。傾斜地を、巧みに土地利用をして梨栽培をされています。訪ねたのは、豊華が公表されすぐに栽培をお願いをした、伊万里市南波多の梨園で、園主とお会いするのは初めてになりますが、梨栽培を通じて気持ちもよく理解でき、温室梨も管理・栽培をされる偉大な果樹農家に在ります。
見る物、お聞かせいただくこと、大変勉強になりました。
西南暖地を、うまく利用し経営されています。意欲的な農業者に幸多かれと願わずにいられません。
伊万里に訪ねた折、たいへんお世話になりました、厚く御礼申し上げます。
また何時か、再開できる事を願いたいものです。
我が梨園に在る一番古い梨の樹です。
大正時代に、桑畑~梨畑に改植した事を、祖父がよく話をしていて、関東大震災も知っている梨の樹です。
余震と地震の恐怖で梨畑に蚊帳を吊って休んだ話もしていました。
早生赤に、幸水を高接ぎして実を付けています。そんな老木を私が管理するようになった時、樹間に若木を定植して、改良しようと
紅梨を1本、写真の樹の間に植えたのです、その木は豊華を残して枯れてしまいました、その後経営が縮小されたのを機に老木を残しています。
家族が出かける時も、玄関を出ると目に入る老木です、日々の出来事や、私の人生も見つめて来ています。
祖父との別れの時は、花を満開に咲かせて見送りました。
我が家の歴史見守っています。
もうすぐ樹齢100年
大きい方が豊華・10月に収穫して室温で貯蔵したもの、一方は新興で11月に収穫して室温で貯蔵したもの、両方ともすかすかです、豊華は果肉も変色していました。
ここ数年暖冬だったのに今年の冬の寒さは子供の頃の寒さを思い出させる寒さですね。こちら関東平野は、寒くも連日の冬晴れ、剪定作業が進みます。温かい日が待ち遠しいです。
朝は厚氷が連日張っています、日陰は夕方まで解けません。
いよいよ、金魚の選別も終え、選定作業を始められ所になりました。選定は寒い中じっと立ちづく目の作業になります、梨を知らない方々は、寒い中辛そうに映るのでしょうね、小生は、来年その先まで考え、楽しく夢膨らむ時になります。西風の強い日はやはり辛いです。
豊華梨の写真は、10月初めに収穫して、常温で置いておいたものになります、中身は?1月初めに切ってお見せします。
筑波方面に出掛ける所要が有り、日本農業の研究最先端群を、少し眺める時間がありました。
連日tppの話題がにぎわせていますね、日本農業は大企業のように、自前で試験研究費を賄えるような農業は望めません、どうしても官業(国家)の支援で国家戦略として、足腰の強い知的な農業展開して行かなければならないのでしょう。モットモット世界をリード出来る成果を示し、力を注いで頂きたいと、今日この町に来て脳裏に浮かびました。日本農業の顔。
農業は国の力量では?